さっきニュースで見て知ったんですが、東京都が「アニメの教科書」なるものを作って売っているんですって。
Yahoo!ニュース東京都 - 「アニメの教科書」完成!アニメの歴史や美術的分野も網羅したかなり本格派の教科書らしいです。
4冊セット(でも、そのうち第4巻はDVD。実質3巻じゃないの?)で、\10290。
秋葉原UDX4階にある東京アニメセンター・オフィシャルショップで売っているらしいです。
最近アニメ製作が海外に行っちゃって日本の人材が不足してるから教科書を作ったということで、確かにエンディングのスタッフロールを見てると韓国人の名前がずらーっと出て来たりってこともありますね。
それに日本産のクオリティ高い作品が作られてほしいという気持ちは勿論あるし、教科書が作られると言うのはいいことだと思うんですが、なぜそれを行政がやるかなあ。どうして東京都はこう余計なことに予算使うかなあ。
ニュースでは「世界に誇る日本の文化、アニメ」とか調子に乗ったことを言ってまして、都のHPではアニメは「東京が世界に誇る産業」だそうで。
これは、どっちも違うと思います、はっきり言って。
いや、違うかどうかというより「産業」や「文化」であって欲しくない、というのが自分の意見です。
アニメがすっかり産業化してるというのは自分が数年前から危惧していることです。
ひとたびヒットすると(最近では放送/発売開始前から)、あっという間に多量のグッズ(けっこう値段高い)が作られ、でかい広告が出現して、ブームが終わるとあの時の騒ぎはどこへやら。
売り時に売って、売れなくなったらさっさと次行こうぜっていう、すっかり資本主義に則ったような業界の動きがどうも好きじゃないんですね、自分は。
これじゃあアニメは「作品」じゃなくて「商品」じゃないか。そして、その「商品」を売り時に売ってブームが去ったらさようなら、っていうのはまさに「産業」じゃないか。まあ自主制作とかボランティアじゃないから、採算度外視にしろとは言えませんが。
でも、要するに都はアニメを「産業」としか思ってないから都内の産業の活性化のために教科書を作ってるんじゃないの?っていうのが自分の推測です。汚いね。
んで、文化かどうかってことなんですが。
文化の定義が難しいので(自分でもよくわからない)、言葉の意味の解釈の問題かもしれません。
ただ、例えば「その土地に根付いた文化」みたいな意味での「文化」ではなくて、「サブカルチャー」という言い方が最も適切だと思うのです。サブカルチャーとは「下位文化、副次的文化」というような意味です。
いっぱしに「文化」と言えるほど洗練,浸透されてはいないでしょう。
ただ浄瑠璃や歌舞伎も江戸時代は大衆文化だったわけだし、これからの進展次第では多少地位が上がらないこともないかも知れません。
